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今日の愛の名言は、『愛は、怒らず』です。

怒りとは単純に、強い苛立ちの感情です。

社会の不正や悪に対する怒りもありますが、私たちが怒りの感情に悩むのは、
自分の願ったとおり、周囲の人間や物事が動いたり反応しなかった時、
自分をきちんと受け入れ理解してもらえなかった時が多いのではないでしょうか。

怒りは感情的な反応ですが、長く心に留めておくと悪魔にチャンスを与え、
あなた自身の心と体をむしばみ死にいたるほどの破壊力を持っています。

また、人に対する敵対感情ですから、愛が産まれるはずがありません。
解決するために、相手にぶちまけたり、自分の心の奥深くに押し込めても悪化するばかりです。

怒りを正しく扱うことは、愛をはぐくむ大切なことです。
これから3回にわたって、考えていきましょうね。

今日の御言葉は
『怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。エペソ書4:26』
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今日の愛の名言は、『愛は、他人に期待しない』です。

何事も、他人に期待すると、不安や不満が出てきます。

愛も同じです。
愛は他人に期待するのではなく自分に期待するものです。
自分に期待すると、私の出番、となります。

私が主体的に考え行わなければなりません。
愛の主導権を人に求めてはいけません。
あなたが、愛を広めていく、架け橋となっていく、鍵を握っているのです。

今日から、人に期待するのをやめて、自分に期待して、自分に出番を与えていきましょう。

今日の御言葉は
『また、人の益を計り、良い行ないに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように。Iテモテ 6:18』

今日の愛の名言は、『仕える愛の極意は僕の心』

5番目の愛のLove wordは仕えること、その極意は、僕の心を持つことです。
僕はパートナーとは違います。

ですから、自分の意志を行うのではなく、主人の心を行い主人を喜ばせなければなりません。
つまり、自分を相手よりも低い者とみなし、相手の喜ばれることをするのです。
それが仕える愛です。

仕える愛は、不平不満を持ちません。不安にもなりません。
要求するのではなく、与えるものだから。
私たちが一番むずかしい愛のかたちかもしれませんね。

今日の御言葉は
『キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。エペソ5:21』
今日の愛の名言は、「贈り物は、愛の潤滑油」

人に何かをプレゼントするって、とても気をつかいますよね。
迷って迷って、さしあげたものが喜ばれたら、とても嬉しいものです。

単なるお返しとしてのギフトではなく、
「ありがとう!愛していますよ」という心を現す贈り物は、
人との関係に喜びの油を注ぐものです。

たくさんの感謝を形にして~贈り物として贈ることは、
人との関係に愛の潤滑油を塗ることです。

高価な物、珍しい物でなくてもいいのです。
日用品であれ、食べ物であれ、ある時は、「言葉」も、心からの愛とともに、贈ってみましょう。
受けるよりも与えることの方が幸いなのですから。

神様は、与えたいと願う人には、与えるものを備えてくださるのです。
また、贈り物をいただいたなら、心からの感謝の言葉を遅らせてはいけません。
そして、いただくことに慣れてもいけません。
愛とは、決して、慣れるものではないのです。

今日の御言葉は、
『人の贈り物はその人のために道を開き、高貴な人の前にも彼を導く。箴言 18:16』
今日の愛の名言は、「愛の絆を深める、クォリティタイム」

愛の関係を築いていくために、大切なものの一つに、
愛する相手と持つ、スペシャルな上質の時間があります。

上質の時間といっても、高級レストランでディナーなんて、形式ばる必要はありません。
大切なのは、その人と特別のプライベートタイムを持つ、ということなんですから。

毎日顔を合わせているだけで、定期的にミーティングをしているだけで、
愛の絆が深まるわけではありません。
年に一度の誕生日、クリスマス、何かの記念日などは、
クォリティタイムを持つためのとても良いチャンス。

けれども、お休みや、ちょっと、時間とれた時に、おいしいランチに出かけたり、
一緒にコンサートに行ったり、普段観ない映画を観たり。
家で、いつもはできないことを、一緒にする、というのも立派な上質の時間。

子供達の夏休みや、冬休みは、子供とクォリティタイムを過ごすチャンスの時。
うるさくて煩わしいわ、というより、
どんなクォリティタイムを持とうかな、と考え、実行していくなら、
子供の心に親との愛の絆がしっかり結ばれていくでしょう。

また、友人や教会の方たちとも、
相手にあわせて、お財布の中身にあわせて、体力にあわせて、時間にあわせて、
特別の時間を持ってみてください。
あなたの周りにいた人々と、知らないうちに、ゆるんでいた愛の絆が、
再びしっかり結ばれていくのがわかるでしょう。

今日の御言葉は、
『その人はわたしを宴(うたげ)の家に伴い、わたしの上に愛の旗を掲げてくれました。雅歌2:4』
今日の愛の名言は、「愛は、言葉から」

言葉の重要性は、だれもがわかっていますよね。
言葉で、人を殺すことだってできる。

でも、わかっちゃいるけど、言葉の癖って、なかなか治らないんです。
叱りつける口調、どうせ~やっぱり~のいじけた言葉、
何かと批判的な言葉、一方的なお喋り、威圧的な言い方、
これらは、ほとんど、「身」についているもの。
つまり、その人の普段着になっているものです。

着慣れているので、なかなか脱ぐことができません。
でも、愛の衣を着るためには、普段着改革をしなければならないのです。

「どんな時でも、穏やかな受け答え」
「きっと、なんとかなる!」
「とにかくありがとう!」
「ひと呼吸おいた、お喋り」
「優しい言い方」を身につけるために、まず、鏡に向かって、笑顔の練習をしましょう。

自分のとっておきの顔はどんな顔か研究するのです。
一番感じの良い表情はどんな顔か、身近な人に聞いてみてください。
実は言葉を改革するには、顔の表情を改革するのが、一番わかりやすく結果がでるのですよ。

笑顔の時、人は叱りつけることはできません。
笑顔の時、否定的な言葉はでません。
笑顔の時、批判しません。
優しい表情で人を威圧できません。

無意識にあなたの顔が、険しくなり、無表情となり、暗くなり、ギラギラしているとき、
言葉も実は、反応するのです。
人は楽しい時、楽しい顔になり、愛を感じる時、愛の顔になります。
そして、言葉がでるのです。

楽しい顔を先に見せたら、楽しい言葉が自分からも人からも、もらいます。
愛の顔を見せたら、あなたに愛の言葉が、集まるのです。

今日の御言葉は、
『喜びに満ちた愛よ、あなたはなんと美しく楽しいおとめか。雅歌7:7』
今日の愛の名言は、「スキンシップは愛の始まり」

人間が、産まれて最初に愛を感じるのは、お母さんの抱っこです。
胸に抱かれて優しく触られることは、愛の原点なのです。

ジーザスは、深い心の傷を持っている病気の人に、
しばしば、手を触れて、癒されました。
手当といいますが、手をじっと患部に触っているだけで、痛みは和らぐものです。

今の若者は、本当に愛を育むものは、スキンシップにあることを理解せず、
セックスというスキンシップをしなければ愛を確認しあえないと勘違いしています。
けれどもセックスとスキンシップは違います。

セックスは結婚した男女にだけ許された特別の愛の営みですが、
スキンシップは、日常生活の様々な場面で、
人々との関係をより親密なものとするための、Love Wordです。

セクハラという言葉がやたらに流行り、
うっかり異性に触るだけで、白い目で見られる社会ですが、
正しく使われるスキンシップは、
親子の間、夫婦や恋人、友人や初めて会った人など、
友情を深め、癒しと親愛を相手に与えるとても効果的なものです。

寂しい時、とても悲しい思いをしている時、
そっと肩にふれられるだけで、慰められる。
そんなスキンシップを、しあえたらいいですね。(ただし、異性にはくれぐれも御用心!)

今日の御言葉は、
『わたしの手は彼を固く支え、わたしの腕は彼に勇気を与えるであろう。詩編89:22』
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